2014年10月18日土曜日

仁川のカジノへ。そして帰国

最終日。

お義母さんの帰りの飛行機は夕方、我々は夜8時過ぎにソウルを経つ。

お義母さんの荷物が二倍以上に増えてしまったため、荷物を引きずりながら街をうろうろ出来ないと判断し、ホテルをチェックアウトしてそのまま仁川へ向かう。

数年前に出来たばかりの空港近くにあるカジノへ行ってみた。

規模の小ささに思わず拍子抜け。
トランジットで時間を持て余した人の暇つぶしの空間といった感じだ。

以前、ソウルのシェラトンホテルに宿泊し、ウォーカーヒルカジノに入り浸っていたことがあり、そのイメージがあったため拍子抜けしてしまったのだ。

規模が小さいだけでなく、小ざっぱりしているというか閑散としているというか…ゴージャスな感じが全くない。これでは気分が盛り上がらない。
パチンコ屋が無音でギラギラしなくなったらどうなるかって話だ。


三人とも今一気分が乗らず、一時間ほどスロットをして、子供騙し程度勝ったところでカジノを後にし、空港のフードコートで飛行機までの時間を過ごした。


お義母さんを見送る時間となった。
出国カウンターに並ぶお義母さんは目に涙を浮かべながら「最高の親孝行だった!本当にありがとう!」と言ってくれた。

お義母さんの飛行機は無事飛んだ。

我々はさらに2時間待たなければならない。
「平壌主席宮‘緊急事態’」
アツイ雑誌が売られていたので買ってみたり、空港にいる人々を観察しながら2時間過ごした。


やがて我々の飛行機も飛び立ち、関空からの最終電車にギリギリ乗り込むことが出来た。

そして最初の記事にも載せたように、新今宮駅を下車して自宅まで歩いて帰る道のりで、この旅の〆となる写真を撮り、無事帰宅したのだった。



2014年10月17日金曜日

とろける美味しさ豚焼肉

ソウル最後の夜はアックジョンにある「テブチャン」へ。

ここも訪韓時必ず訪れる店の一つ。

たかが豚肉、されど豚肉。
日本には数々のクオリティ高いブランド豚があるにも関わらず、肉の食い方においてはやはり韓国には敵わない。

メニューの一番上にある「ハンジョンサル」がおススメ。首と背の間の部位。


付け合せに竹島でしか採れないという謎の葉っぱを出される。
これが信じられないほど美味しい。
この謎の葉っぱで豚肉を包み口に含むとたまらない。



テブチャン떼부짱
ソウル市江南区新沙洞644-21
서울시 강남구 신사동 644-21
02-541-8770
営業時間 月~土 16:30~翌4:00/日 17:00~22:30

清涼里、薬令市へ


再び清涼里。
おまんこでも肉屋でもない。

ソウル最大の韓方薬市場、薬令市に来た。



ニンニクに囲まれたアジュマ、イイ顔だ。
今回の旅のイイ顔大賞はこのニンニク屋のアジュマに決定。
前回のイイ顔大賞は、勿論豚屋のねえちゃん。


高麗人参の店もたくさんあった。

ウコンなどの韓方薬の原料から韓方茶、参鶏湯に入れるナツメや豆類など、とにかく健康になりそうなあらゆるものが売られている。


蜂の巣は、活きの良い蜂が数百匹付いた大変鮮度のよい状態で売られている。ワイルドだ。



トウモロコシひげ茶、高麗人参、菊花茶、レンズ豆を購入。
高麗人参は小振りのものだが、かなり安く買えた。
100g /170円だった。6本買って約1700円。

この薬令市場はかなり楽しかった。在り来たりな観光地に飽きた方、韓方・薬膳に興味のある方、韓国の地元パワーを味わいたい方、日本語が通じないところに行きたい方にオススメ。

さすが清涼里!何でも売っている。

2014年10月16日木曜日

板門店ツアー⑥ ポプラの木跡

再びバスに乗り、バスの中からポプラの木事件の発端となったポプラの木跡と、帰らざる橋を見学した。

バスの座席は選べるのなら絶対に右側に座った方が良い。
ポプラの木も帰らざる橋も、進行方向向かって右側にある。バスは完全には止まってくれないので、左側の人のはほとんど見えなかったと思う。

ポプラの木事件。
悲劇ではあるけれど、これこそ滑稽な事件だ。
要約すると、共同警備区域に北朝鮮が植えたポプラの木があり、その木が段々伸びて南側から北朝鮮の監視所が見え辛くなってきたので、国連軍が北に、ポプラの木を剪定するよう通告するも北は拒否。
ある日、国連軍が剪定作業を始めると、北朝鮮軍が「やめろー!」と激怒。しかし無視するアメリカ軍。ヒートアップした北朝鮮軍がアメリカ軍の斧を取り上げ、その斧でアメリカ軍を2名殺してしまったのだ。

またそこからが滑稽というかなんというか…

今度は何としてでもポプラの木を「剪定」とかそんな生ぬるいものじゃなく根こそぎ伐採してやる!と怒り狂ったアメリカ軍。
「ポール・バニアン作戦」というポプラ伐採大作戦を練り上げ、上空には複数の戦闘機、沖合には空母、非武装地帯には歩兵・砲兵・装甲車両を待機させ、いつでも戦争が始められる状態で、大掛かりな伐採作業をしたそうな。

事件以前の板門店は、南北自由に行き来出来たらしいが、この事件をきっかけに軍事境界線がきっちり引かれ、お互いにらみ合いながら警備するようになったのだという。

帰りのバスからの風景は、鉄柵線が延々と続いていた。



等間隔に見張り小屋があり、軍人がいた。

ソウルの街がみえてきた。
ソウルは38度線から40kmしか離れていない。

板門店ツアー、もうひとつの禁止事項


今回の旅行のメインイベントであった板門店ツアーが終わりほっとした。
直前まで行けるのか行けないのか分からずヤキモキしていたのでほっとした。

板門店ツアーの禁止事項の「車椅子・杖」の2点にばかり気を取られ、カメラのレンズ制限があったことに目をくれず、旅行に持ってきたデジイチに、思いっきり望遠レンズを装着してきてしまったのだ。替えのレンズは勿論持って来ず。90mm以上の望遠レンズ禁止に気付いたのは旅行初日の夜だった。

しまった…!せっかく板門店に行くのに写真が撮れないだなんて。まったくわたしは何をやっているのだ…。
韓国でレンズを買おうかとも思ったが、いい案を思いついたのだ。

我が家は猫を3匹飼っており、旅行中は、知り合いのペットシッターさんにお世話をしてもらっている。そのシッターさんにお願いして、家のテーブルの下に置いてある単焦点のレンズを、二日後に出発するお母さん宅に宅配便で送ってもらい、お母さんにソウルまで持ってきてもらうというナイスなアイディア。
おふたりのご協力のもと、無事レンズがソウルにいるわたしの元に届き、板門店の写真が撮れたのだった。シッターさんに感謝。

旅行中、シッターさんから毎日送られてくる愛猫写真。









板門店ツアー⑤ いよいよJSA キャンプボニファス


ツアーバスから国連軍のバスに乗り換えて、注意事項を聞かされ、パスポートや服装などのチェックを受け、「万が一のことがあっても責任は問いません」という誓約書を書かされ、いよいよ板門店に向かう。板門店に持ち込める荷物は貴重品とカメラのみだ。
車椅子は国連軍のバスには持ち込まずツアーバスに置いてきた。

いよいよ着いた。JSA。キャンプボニファス。




昨日は7年ぶりに真ん中の会議場で会談が行われたそうだ。
正面奥の白い建物は北朝鮮の建物。


この旗は国境のライン上に立っていて、写真右が北朝鮮、左が韓国。
軍人さんサングラスかけているとはいえ、幼さが感じられる。
まだ20代前半だろうか。

もしも何かあった場合、この子たちが撃ち合いしなければならないなんて。



そしてこの石段が国境ラインである。

手前の石詰めが韓国領土で、向こうコンクリートが北朝鮮。
排水溝は繋がっているではないか!


やはり、悲劇ではあるけど滑稽に思えてならない。


国境に立ったところで、ツイッターで「なう」と呟こうとgoogle mapで現在地をスクショしたのだが、さすがにWi-Fiの電波はJSAでは使えなかった。

前にも述べたように、普段車椅子を使っているのに、板門店では夫に捕まり歩いていた。結構必死だったのであまり写を撮ることが出来なかったのだが、生きているうちに来ることが出来てよかった。
それより、わたしが死ぬまでには恐らく南北は統一されるだろう。いずれなくなる場所。その前にこの目で見ることが出来てよかった。

いつしか此処も、今とは別の形で、かつて国境があった場所として観光地となるだろう。そのときは国境ラインである石段を跨いだり、乗ったり踏んだりしている観光客たちに、かつては南北の軍人がこの国境ラインで睨み合っていたんだとガイドさんが説明するのだろう。



こんなもののために両国とも時間もお金も人員も膨大に費やしている。
こんなことをしなくても良い世の中に早くなって欲しい。と願わずにはいられない。




板門店ツアー④ 韓国側の最後の駅

バスの外の景色が物々しくなってきた。

それでも街があり、女子高生もいる。


臨津閣(イムジンガッ)国民観光地に到着。
ここが北朝鮮に続く列車の韓国側の最後の駅になるらしい。
開城までたったの22キロ。地続きだというのに行けないとはもどかしい。


美しくも切ない風景だ。

韓国人はここまでしか来られないとガイドさんが言っていた。
写真を撮っていると、隣にいたアジュマが北朝鮮に向かって歌い出した。


北に家族がいるのだろうか?
離散家族。ドラマや映画の中の話ではないのだと痛感。
お互い生きているのに、会いたくても会えないだなんて残酷すぎる。

そしていよいよ板門店へ向かう。


ツアー参加までのあれこれ

実はわたし、10数年前に脊髄を損傷してしまい、車椅子での生活を余儀なくされている。まったく歩けないわけではないのだが、30m以上歩くともう次の一歩がでない。しかも杖や人の手などの支えがないと歩けない。

さてこの板門店ツアー、禁止事項をよく見てみると、「車椅子・杖」と書かれている。


とある韓国の旅行会社に連絡をして、ありのままのわたしの状態を説明し、板門店内は車椅子を使わないようにするのでなんとか参加出来ないかどうか問い合わせてみた。

返ってきた答えは「誠に申し訳ありませんが...」だった。


身体が不自由であることが理由でやりたいことが出来ない、ということは日常茶飯事だが、今回ばかりはさすがに落ち込んだ。

見兼ねた夫が、「北朝鮮側から行けばええやん!」(意外なことに北朝鮮側からの板門店ツアーには何も制約がない。韓国側は車椅子、杖禁止、カメラのレンズの規制、身なりまで制約がある)と言うが、なんとなく断られたこと自体にショックを受けたのだった。楽しみにしていただけに。

すると今度は、「俺が別のツアー会社探して問い合わせる!」と言って夫が交渉してくれた。

…ほぼ同じようなことを相手に伝えるとしても、説明の仕方でこんなにも変わるとは!(若干強引)

なんなく参加申し込みすることが出来た。勿論、板門店内では車椅子使用禁止、そして「現地で断られるかもしれませんがご了承ください」ということが条件だ。

そういうわけで当日、ツアー会社に集合した時点で断られる可能性もあったし、板門店で韓国軍に断られる可能性もあり、気が気でなかったのだ。

板門店ツアー③ 国境付近で出会った仔猫

プルコギを食べ終え外に出ると、真っ黒な仔猫がいた。
仔猫は警戒心が強い子が多いのだが、この子はゴロゴロ喉を鳴らしながら足にスリスリしてきた。
か、かわいい…連れて帰りたいほどだ。(大の猫好き。現在猫3匹飼っている。)
しかし国境だとかなんだとか人間の世界はややこしいのだ。猫にはそんなもの関係ないのにね。

人間は一体何をやっているのだろう?くだらないことに拘り、とらわれ過ぎて、地続きなのに鉄柵線のあちら側に行くことも出来ないなんて。人間は本当に愚かな生き物だ。

...と仔猫に言われている気がした。


先ほどまで不機嫌だった同じツアーに参加している高校生たちも仔猫のところに集まってきてキャーキャー騒いでいる。どうやら先ほどまでの不機嫌は空腹によるものだったらしい。

「修学旅行?にしては人数少ないね?」
「田舎じゃけん!一学年これだけなんです。」
なるほど。

ガイドさんに急かされバスに乗り込む。


板門店ツアー② 戦争博物館&プルコギ

バスに揺られること約1時間、戦争博物館到着。

ガイドさんが喋り倒す。

このガイドさん、とにかく早口でペラペラと日本語を話すのだが、一方的な日本語しか話していないためか、長年仕事で日本語に携わっている割にはめちゃくちゃ発音が悪く聞き取るのが大変だった。ぼーと聞いていると韓国語しゃべっているように聞こえる。

ガイドさんの長い説明が終わり、さて中を見学しようと思うも「トイレ行ってすぐバスに戻って来てくださいネエー。すぐ出発しますネエー」

仕方なくトイレを済ませバスに戻る。
次は昼食だそうだ。忙しいツアーだ。

プルコギの店に到着。

席に着くとプルコギは煮えきっていていた。
しかしこれを残念に思ってはならない。このツアーの参加目的は何か?
我々は美食ツアーに参加しているわけではないのだ。南北分断の地を体で感じることが目的だ。
そう、このプルコギ屋は、我々の目的を最優先すべく、我々の貴重な時間を1分たりとも無駄に使わせまいと、あらかじめプルコギの具材を煮込んでおいてくれたのだ。おかげで席に着いた瞬間プルコギを食すことが出来た。これぞ真のおもてなしである。



板門店ツアー① 出発

朝9時にロッテホテルに集合。

乗り込んだバスには、既に他のホテルからピックアップしたツアー参加者が乗っていた。
その中に制服を着た高校生の20人ほどの団体がいた。
みな不機嫌そうだ。わたしたちは一人約8000円のツアー代金をわざわざ支払って参加している訳だが、この高校生たちは学校の行事で嫌々来ているのだろう。そりゃそうだよな。わたしだってつい最近まで全く興味がなかったわけだから。

バスの中では、ひっきりなしにガイドさんが日本語でしゃべり倒していた。

朝鮮人民軍が38度線を越えて韓国首都ソウル市内に侵入し、大統領暗殺未遂を起こした事件について熱く語っていたが、その報復として韓国側が起こした「シミルド事件」のことには一切触れず。1つ前の記事で紹介した映画「シミルド」である。


「日本人の皆さんももっと南北関係について知ってください」としきりに言っていた割には韓国側の失態については触れないという姿勢。
そういうところが面白い。











ここにきて南北関係の悪化

ところが、ここのところ南北関係がすこぶる悪い。

我々が韓国に来る数日前、韓国の民間団体が北朝鮮へ向けてメッセージ入りの風船を飛ばし、北朝鮮が激怒して飛んできた風船に向けて銃弾を撃った模様。

韓国に来てテレビを付ければ、朝から晩まで南北関係の話で持ちきりだ。例の風船の件から「金正恩が杖をついて歩いています!」とワイドショーレベルのものまで。いずれにせよ日本で報道されている比ではない。戦争はまだ終わってないのだ。

そして我々が板門店ツアーに行く前日、あの板門店で会議が行われた。
レジデンスでTVを見ながら「あれ?ここ、明日行くとこじゃない?」と興奮してしまった。
今、南北は休戦状態である。板門店で南北間の会議が行われることは割とよくあることかと思いきや、3年ぶりと知って驚いた。当然この日のツアーは中止だ。


明日のツアーは大丈夫なのだろうか?
わたしたちのツアー参加に向けて盛り上げてくれるではないか!
一層胸が高まる。

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北朝鮮、韓国に銃撃 保守系団体のビラに反発か

2014/10/10 20:20

【ソウル=加藤宏一】韓国軍合同参謀本部によると、10日午後、北朝鮮軍が撃った銃弾が軍事境界線に近い韓国側に着弾した。韓国では同日、保守系団体などが北朝鮮に向けて現体制を非難するビラを風船に乗せて飛ばしており、北朝鮮がこれに反発し撃ち落とそうとしたとみられる。韓国軍は北朝鮮に応射した。北朝鮮の銃弾が韓国の陸地に着弾するのは、2010年の延坪島(ヨンピョンド)事件以来となる。同日午後4時前に北朝鮮地域から十数発の銃声が聞こえ、4時50分ごろに数発の銃弾が韓国北部の京畿道漣川(ヨンチョン)地域に着弾したことが観測された。韓国軍はこれに対して午後5時半から警告放送を行い、機関銃で40発余りを応射。北朝鮮はその後、これに応射し、韓国軍もさらに対応射撃を加えた。韓国軍には北朝鮮の銃撃に対し、3倍撃ち返すとの内規がある。  

周辺の住民は避難しており、韓国側に確認された被害はない。韓国では同日午前と午後、京畿道坡州(パジュ)と漣川から、別々の団体がそれぞれ金正恩(キム・ジョンウン)第1書記の体制を非難するビラを散布している。同日は北朝鮮の朝鮮労働党創建記念日だ。  

団体は9月にも北朝鮮に対してビラを散布している。10日午前のビラ散布もあらかじめ計画を発表していた。朝鮮中央通信によると、北朝鮮の祖国平和統一委員会は9日、「南朝鮮(韓国)当局がビラ散布を認めたり、黙認したりするなら、北南関係は再び収拾できない破局に向かう」と警告していた。  韓国の柳吉在(リュ・ギルジェ)統一相は8日、ビラ散布を「法的に規制する根拠はないが、(団体に対し)慎重な対処の必要があると言っている」と話していた。  

北朝鮮は4日に閉幕した仁川アジア大会に合わせ、黄炳瑞(ファン・ビョンソ)朝鮮人民軍総政治局長、崔竜海(チェ・リョンヘ)党書記、金養建(キム・ヤンゴン)党書記ら正恩氏の側近3人が電撃訪韓していた。この際に10月末から11月初旬にかけて、今年2月以来となる南北高官級協議の開催で合意するなど、関係改善の兆しがみえていたが、今回の銃撃で影響が出る可能性もある。
(日本経済新聞)

南北将官級協議:板門店 非難風船ビラなどで平行線



【ソウル大貫智子】韓国と北朝鮮は15日、軍事境界線上の板門店(パンムンジョム)で将官級協議を行った。南北将官級協議は2007年12月以来、約7年ぶり。北朝鮮側は韓国の民間団体による対北朝鮮非難の風船ビラの散布中止などを求めたのに対し、韓国側は黄海上で韓国が南北境界線としている北方限界線(NLL)を守るよう主張し、会議は平行線に終わった。また、韓国政府は30日に板門店で第2回南北高官級協議を行うよう提案した。  

韓国国防省によると、協議には韓国側は柳済昇(リュ・ジェスン)国防省国防政策室長らが、北朝鮮側は金英哲(キム・ヨンチョル)朝鮮人民軍偵察総局長らが出席。北朝鮮側はビラ問題のほか、韓国メディアによる北朝鮮への誹謗(ひぼう)中傷の中止などを要求。韓国側は北朝鮮の警備艇が7日、NLLの南側に侵入し銃撃戦となったことなどからNLLの順守を求めた。また、ビラの散布やメディア報道は民主主義国家として統制できないとの立場を伝えた。  

同省報道官は協議の雰囲気について「お互いに南北関係を改善しなければならないとの意思があり、大変真摯(しんし)に行われた」と評価した。  

北朝鮮は今月に入り、韓国に硬軟両様の攻勢をかけている。4日に事実上のナンバー2である黄炳瑞(ファン・ビョンソ)朝鮮人民軍総政治局長らが訪韓し、南北高官級協議の再開で合意する一方で、板門店で風船ビラを射撃する示威行為を行い、緊張感を高めていた。
(毎日新聞)

南北分断の地への想い

今年の初めに『北朝鮮強制収容所に生まれて』というドキュメンタリー映画が公開され、世界中の注目を集めた北朝鮮。




生まれながらに政治犯として強制収容所で育ち、そこから脱獄し、更に脱北した人のドキュメンタリー。今までに例のない、世界初の人。
ベールに包まれた北朝鮮、そんなものはないと存在を否定し続けていた強制収容所の存在が露わになったのだ。
わたしもこの映画を観てとてもショックを受け、同時に強い関心を持つようになった。

大韓航空機を爆破した金賢姫の手記をはじめ、長年数々の脱北者にインタビューを重ねたルポ、友達・家族が北朝鮮へ渡ってしまった人の手記、元朝鮮総連幹部の人の暴露本、日本共産党との関係、金正恩の兄のインタビュー本、北朝鮮に亡命し日本人妻を持った人の手記、脱北した北で有名だった詩人の詩集…様々な方向からの北朝鮮を読んだ。




そして、映画もたくさん観た。
プンサンケ、かぞくの国、クロッシング、JSA、DMZ、シミルド、チスル、サスペクト、レッドファミリー、ブラザーフッド、高地戦、コールドコースト、ベルリンファイル、シネマパラダイスピョンヤン、ディアピョンヤン!キムジョンギリア…


映画は本と違い、南北関係を描いているものが多い。しかも事実に基づいているものが多く、その衝撃的内容に驚かされる。
それらの映画を観て汲み取れる言葉は一言「滑稽」である。
どの映画を観ても感じ取れる感情だ。勿論、悲劇的であることには違いないけれど、それ以上に滑稽なのだ。
きっと表現者は、国民に、世界中の人にそれを伝えたいのだろう。
同じ民族同士何やってるんだ?わたしらがやってることはこんなにも滑稽なんだ。目を覚ませ。


今回の旅行で渡韓は8回目だが、今まで一度たりとも分断の地に行ったこともなければ興味もなかった。
しかし今回の旅行ではどうしてもその悲劇的で滑稽な地をこの目で見てみたかったのである。

そういうわけで、「板門店ツアー」を申し込んだ。



*上記にあげた映画の中で、特に滑稽(もう本当に馬鹿げてる!)だと思ったのが、キムギドク監督の「コールドコースト」

どれだけ戦争、この休戦状態がくだらなく、そして悲劇であるのか?とても考えさせられる「JSA」
板門店が舞台の映画。


これが事実なのかと衝撃を受けたのは「シミルド」と「かぞくの国」後者は日朝関係。

シミルド
   

かぞくのくに 
 

思わず目を背けたくなるような、でもこれが北朝鮮の現状なんだろうな「クロッシング」
相当辛いが日本人は観るべき映画だと思う。








2014年10月15日水曜日

ウサムギョプ

ウサムギョプ=牛の三枚肉。

薄切りの肉が綺麗に並べられている。

豪快にがさっとまとめて箸で取り、鉄板で軽く焼き、同じく数枚まとめて口にほお張る。


ほんのり甘口に味付けされた牛の三枚肉。
こんな美味しい食べ方があったとは。

義母さんは今回の旅行でこれが一番美味しかったと言っていた。


ボンウファロ 江南駅店 봉우화로 강남점
ソウル市江南区駅三洞619-14
서울특별시 강남구 역삼동 619-14
02-558-8452
11:30~24:00

カンジャンケジャンとアジュマの聖地GO TO MALL

3日目。
早朝、義母さんが来るはずだった。
わたしは部屋で待ち、主人が仁川空港に迎えに行ったのだが、途中で「飛行機の機器トラブルのため欠航」という知らせが来たらしい。
台風で欠航になることを恐れ翌日にずらした飛行機が欠航…不運過ぎる。
数時間後、金浦空港に無事到着した。
今回の旅行は、台風に振り回され過ぎた。


まあそれでもなんとか無事3人揃ってほっとした。
ほっとしたところでまずは昼食。楽しみにしていたカンジャンケジャンだ。
醤油漬けされた生のカニ。味噌もいっぱいだ。
ミソと漬け醤油が絡み合い、もうたまらない。
カニの甲羅に白飯を入れ、ぐちゅぐちゅ混ぜてピピンパだ。


元祖馬山ハルメアグチム 원조마산할매아구찜
ソウル特別市 瑞草区 蚕院洞 20-8
서울특별시 서초구 잠원동 20-8
02-547-2774
24時間  年中無休

24時間営業ってすごい…ソウルにはチェーン店ではないのに24時間営業の店が結構多い。元気だ。




カンジャンケジャンを食べた後は、義母さんをずっと連れて行ってあげたかった、高速ターミナル駅にあるGO TO MALLへ。

ここは観光客はほとんど居なくて、韓国アジュマたちで混み合っている巨大な地下街である。
以前、東大門市場で値切って値切って27000wで購入したバッグがこのGO TO MALLで呆気なく10000wで売られていたのだった。

いくら今ウォン高で円安でも、それでも韓国での買い物は安くて楽しい。

義母さんも大興奮。よかった。


2014年10月14日火曜日

明洞タッカンマリ

以前、大阪にあるタッカンマリの店に行ったのだが、そこのタッカンマリがイマイチだったので、夫があまり乗り気ではなかった。しかし本場のそれは違った。

自然な鶏の出汁が出ていてコラーゲンたっぷりのスープ。
一口食べただけで鮮度の良さが分かる鶏肉。美味である。


トッピングに高麗人参を追加。
参鶏湯のような、いかにも体に良さそうな味だ。

大阪で食べたタッカンマリは偽物だったんだと一口食べた瞬間悟った。
〆はククスで。

本当に美味しかった!

明洞タッカンマリ
명동닭한마리
ソウル特別市 鍾路区 鍾路5街 265-8
 ( 서울특별시 종로구 종로5가 265-8 )
02-2266-8249
営業時間:9:30~24:00


出発日前日からなんか喉が痛いかも?と少し思っていたが、ソウルに着いて結構寒かったためか本格的に風邪を引いてしまった。喉が痛く熱がある。体が異常にだるい。旅行1日目からこれとは…

やがて消えゆくだろう素敵な集落

ミアリテキサスの周辺を散歩してみた。

引き寄せられるようにたどり着いた先は、再開発の波に今にも押しつぶされそうな集落。

この雰囲気、たまらない。





この路地、たまらない。


どの写真にも写りこんでいる高層マンションの脅威。

その高層マンション。




たまらない…





「ドレス・洋服 高級修理する」
…イイ








このカオスっぷりがたまらない…
ゾクゾクと鳥肌が立つ。












わたしは普段からカメラを持って散歩をして、引き寄せられる場所、思わずカメラを向ける場所、そしてアドレナリンが分泌され、一種のエクスタシーを感じられる場所、と同時に心安らぎ落ち着く場所というのがまさにこのようなところ。

カオスでディープな街が大好きなのである。ただボロいだけではダメだ。様々なものが混ざり合い、生まれ、死に、そしてそれらが酵母となり、長い年月をかけ熟成された街に魅力を感じる。再開発はわたしの敵である。

こんなに魅力的な街並み、長い歳月をかけて作り上げたカオスな雰囲気や建築物を「老朽化」というたった一言で片づけ、だれもがそれを望んでいるだろうと決めつけ、それらをかんたんにぶち壊し、なんの面白みもない、新しいだけが取り柄の高層建物を量産する。



以下、ミアリテキサスの周辺街によく似た大阪の街の写真を少し紹介したい。



西成の日雇い労働者の街・あいりん地区の聖地である三角公園の中より撮影。
真ん中にそびえ立つ高層ビルは、あべのハルカスだ。

そのすぐそばには「飛田新地」。赤線である。


飛田新地は清涼里588(オーパルパル)に似ている。暗くなると街並みがピンクに輝くところなども。
飛田新地は料亭で、オーパルパルは床屋といった感じだろう。

近くにできた高層マンションからこの飛田新地が見下ろせるらしく、教育上よくないだとかなんだとかの苦情が寄せられているらしい。

ミアリテキサス周辺の構図と似ているように思える。貧困街に赤線、そこに再開発の波。

左側の公団のような建物は、ちょっと特殊で、市営住宅ではないが市が運営する一時宿泊施設。…という名で数十年運営されていた住宅。大阪市浪速区にある「馬淵生活館」

老朽化が進んだという理由で数年前に全住民を追いだし、現在廃墟となっている。
中央に見えるのは、なんばの高級高層マンションである。


有名な建築物と新しいものだけが価値あるものという考えは、間違っているとボロ街好きのわたしは思う。まあ、これもはボロ街好きの戯言なんだけど。